■   三岳城  ■
■期日 H17年10月23日(日)  【静岡県】浜松市・大平城、伊平城・三岳城・
                                 伊井谷城・奥山城・奥山館
■ルート 戸塚自宅〜P22〜厚木IC〜東名〜沼津IC〜R1〜浜松C〜R1〜沼津IC
            〜東名〜厚木IC〜P22〜自宅
■コメント
 最近、鉄馬の調子が少しく悪く、鞭を入れると「いやだぁ・いやだぁ」することがママあった。イロイロ考えてみると、スパーク・プラグを長いこと換えていないことを思い出した。で、先週の日曜にDIYでプラグを交換したもんだ。さぁてとぉ、この結果はイカにと、モチのロンで野駆けに出ることに。今回は遠江の諸城を攻めよう、ってんで朝も暗い丁度5:30に出っ発です。それにしても5:30で暗いとは、日が短くなったもんだ。それにも増して驚いたのは、前回の野駆けの時には、夏ジャケットを着込んでいたのだが、とてもそんな雰囲気ではない。冬用を着込んで走り出したが、東名・御殿場辺りでは、歯がガチガチ鳴って止まらない。しかも尻蒸れ軽減のシートを装着しているから、尻の下に風がスーィ・スーィと通っていくからタマらない。ついつい「寒ーいっ!」とボヤキながら沼津インターで降り、コクイチ(R1)を西下します。沼津市内を通過すると、このコクイチは危ない道になります。前を走っているスカG(GTRの方の危険な乗り物、しかもチューンしている雰囲気がプンプン)をワザと追い抜いていくと、ガゼン次の信号待ちで横に並んで、アクセルを煽って来るワイ。でも、こういうシチュエーションでは絶対前に出てはいけない。先に発進させておいて、それを追い抜くのが楽しいのダァ。で、最初のバトルは筋書き通りに。次に止まった交差点でGTRは本気モードに突入したらしく、猛烈なダッシュ+加速、サスガに抜けなかった。でもシッカリと後に付いて走ると、メータはあっという間に、ぬえわKm超を差している。オイオイ、このGTRのオあ兄さんはおかしいゾ。って、くっついて走っている方は、もっとおかしい。と反省しながら(本当カヨー?)、静清バイパス・掛川BP・袋井BPを走り抜けると、もう浜松。ここから浜北方向に向って走り、途中から県道68号線に入って山中を進み、大平地区に入る手前で「大平(おいだいら)城址」の大きな看板発見。柿・ミカンの露店がそばにあり、駐車スペースもしっかりあります。ここに鉄馬を停め、案内板をシッカリ読んでから、侵攻開始。3分程で出曲輪に出て、さらに3分ほどで本曲輪です。南北朝期の城ですので、それなりの遺構状況(空堀・曲輪)です。

34°50′48.8″−137°44′51.4″、駐車場からの比高は45m(数値は全て出曲輪、本曲輪は計測忘れ)です。
大平城址、主曲輪址 大平城址、県道沿いの登り口
 さらに県道68号線を走ると、伊平地区に入ります。ここの伊平幼稚園の裏山が、伊平(いだいら)城址で、登り口に案内板が立っています。ケータイ用の鉄塔を目印にすれば簡単に見つかる筈です。ここから、3、4分で本郭に到着ですが、鉄塔や神社と観音堂が建っていて、遺構は殆ど消失している。井戸跡も残っているらしいのですが、腰曲輪位しか確認できず。

34°51′59.6″−137°39′42.9″、登り口からの比高は41mと出ました。
伊平城址、主郭の鉄塔と神社 伊平城址、幼稚園裏の登り口
 伊平からはR257で南下し、伊井谷(いいのや)地区に入り、その名も「伊井谷」信号を東折して山側に入ります。遠くから見るとゆるやかな起伏が三つ並んだ山容が望め、このピークに三岳城址があります。幾つかの案内石標が立っていて、迷わず登り口に到着ですが、「三岳城址登り口」の石標では停めない方がベターです。そのまま、ずーっと進んで、三岳神社まで進んで、駐車場に停めることをお奨めします。HYDは登り口のちょっとした空き地に鉄馬を停め、キツイ階段を登って神社に進みましたが、社前の駐車場にアングリ。ここから登り始めて、10分ほどで一の城の本曲輪に到着です。浜松市・浜名湖・太平洋が一望できる、絶景の場所になっていて、何組かのハイカーとスレ違いました。この城も南北朝期の城ということで、あまり期待していなかったのですが、枡形門址や何段もの腰曲輪・石積で補強された土塁などの遺構が確認できます。井戸跡もあるようですが、今回はパス。景色をオカズに、コンビニ弁当を飼って中食終了。しばしマッターリして、隣の二の城を落として下山。

34°51′10.2″−137°41′27.6″、比高は186mなり。
三岳城址、一の城の桝形門址 三岳城址、一の城本曲輪址
三岳城址、一の城の石積で補強された土居址 三岳城址、一の城址
三岳城址、ニの城の主曲輪址 引佐役場からの三岳城址遠望
 「伊井谷」信号に戻り、そのまま県道303号線を進みます。旧引佐町役場への標識があるので、役場の隣の多目的研修センタの駐車場に鉄馬を停めます。駐車場入口のそばに、ケータイの鉄塔が建っており、その脇に「城山公園」への登り口があり、5分弱で伊井谷城址に到着。案内板を読むと、南麓に本丸があるようなことが書かれていますが、多分居館が麓にあり、この山城が本城と思われます。この本郭で一段高い部分が御所丸跡。この他にいくつかの帯郭跡が残っていますが、過度の期待をしないように、ここも南北朝期の山城。でも城址からの景色は期待して ◎ です。

34°50′12.8″−137°40′14.3″、比高は77mです。
伊井谷城址、虎口址? 伊井谷城址、主曲輪と浜松市展望
伊井谷城址、御所丸址前 引佐役場からの伊井谷城址遠望
 県道303号線をさら西に進み、途中で方広寺への標識に従って山側に入り、半僧坊で有名な方広寺に。寺の裏山が奥山城址だということですが、遺構は無いという情報なので、寺だけで攻城したということにして下山。
奥山城址、方広寺山門
  県道303号線を戻る途中に奥山神社があり、この神社の社前に、周りの農地から隆起したような形状の100m×50mほどの台地が見えます。近くに寄っていくと、古びた案内板があり、文字が消えかけていますが、かろうじて奥山氏居館跡と読めます。周りの農地から5m位高い台地状になっていて、居館内は現在は農地(ミカン畑ほか)になってます。

■すまんそ、計測忘れ。
奥山館址 奥山神社からの奥山館址
 さぁてとぉ、まだ14:30だが日が短くなっている+静岡市周辺の渋滞、などを考慮してそろそろ帰陣じゃぁ。とにかく渋滞を避けるため、浜松市内を大きく迂回してコクイチに入り、後は来る時の全く逆コースを走ります。静岡市内では、いつものトンネル出口で渋滞するも、スリ抜けの連続ワザでクリアし、朝はぬえわKmで走れた道も混んでいて、ぬわわKmでオトナしく走ります。オイオイ、遵法精神っていうものは、無いのかHYDよ。<弁解:この道は60Kmで走ると間違いなく事故ります> で、沼津インターからは東名に上がり、胸を張ってぬうわKmで巡航します(ヲイヲイ、スピード感覚はどうなっているんダヨー)。が、松田辺りから例の大渋滞。というより巨大な駐車場ですな、これは。ここもスリ抜けの連続ですが、学習能力+予知能力のあるHYDは、どんな誘惑があろうと、決して左端の路肩を走りません。少し遅くても車と車の間を駆け抜けていくのです。途中、馬鹿な鉄馬乗りが、官憲にサインを強請られている光景を目撃。やっぱりなぁ、走らなくて大正解じゃぁ。そうこうしている内に、厚木インターで降りて、長後街道をヒタ走って、ご帰館。渋滞の距離が想定外の長さで、その分、夕飯に遅れたゾイ。でも、相方あまりプンプンしていない。「おやっ?」と思っていると、その内に「今度、友達と泊りがけで奈良へ遊びに行きたい」んですと。本日510Km(この内140Kmが高速道)、渋滞には疲れたものの、プラグ交換の有効性を十分に満喫、ストレス解消+αで、美味い発泡酒を咽喉に流し込むのでした。
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