■  大岩城  ■
■期日 H20年7月13日(日) 【長野県】須坂市・小河原館・須田城・須田館・大岩城
■ルート 戸塚自宅〜横新・第3京浜〜玉川IC〜環八〜練馬IC〜関越〜東松山IC
       〜関越〜渋川・伊香保IC〜R353〜中之条T〜R145〜長野原T〜R292
       〜中野C〜R403〜須坂C〜R406〜菅平〜R144〜真田T〜P4〜東御C
       〜サンライン等〜佐久C〜R141〜須玉IC〜中央道〜相模湖IC〜R412
       〜厚木C〜P22〜自宅
■コメント
  7月の中旬となり、南九州等では例年より早めに梅雨明けになったようである。 ...のだが、それ以外の地域ではマダマダ先の話。それでも、土日の天気は「晴れ」のうれしいご託宣が出たのダァ。でも・しかし、注釈が付いているのがチョチ気にくわない。「所ドコロで雷を伴う激しい雨」だそうな。それでも、丸1ヶ月も野駆に出ておらず、ストレス満タンなので、多少のコトには目をツブって出掛けよう。当初は土曜に出掛けるツモリだったが、朝起きても疲労の疲れがズイブン残っており、キュウキョ取り止め。どうにも最近は疲れやすく、しかも疲れが抜けない、歳なのかぁ?。で、夕方のTVニュースを見て驚いた。東京では台風並みのダウンバースト突風と豪雨だったようで、結果オーライだったかも。とにかく土曜は家の中でゴロゴロして英気を養い、晩酌をキッチリ・タップリして早寝の良い子。翌・日曜は、朝も暗い内から起き出します。な、なんと朝の3時である。4時に目覚ましをセットしたのだが、早く寝た分、早く目が覚めてしまった。やはり57歳の年齢のなせる業か。もう一回寝直すと、確実に4時には起き出せそうにもなかったので、そのまま床を離れて準備開始。で、出っ発は七つ(4時)の10分前である。今までで一番早いかも。横浜新道、第3京浜、環八を経て、東京・練馬のインターに入り、ここから関越を北上です。途中、東松山インターで一旦高速を降りて、ETCカードを取替え、再度関越道に乗ります。そう、早朝割引と通勤割引を得るためです。でも、通勤割引となる6時には、もう渋川インターを降りていた、ハチャァー。ここからR353を草津方向に進みます。そう、今日も草津・志賀ルートの雲上の野駆けを楽しむツモリ。ところがドッコイ、好事魔多し。ガソリンの警告灯が、先ほどから点きっぱなし。残り4Lで点くようになっており、点いた後、100Km前後走れるのが、高速道路の高いSAではガスを入れたくなかった。このため、一般道に降りてから探すツモリだったのだが、一向にガスステーションが見つからない。イヤ、あるにはあるのだが、早朝なため開店していないのである。R353のようなローカルな国道では、なおさらである。「しまったぁ!」、こんなコトなら渋川の市内で探すんだったぁ。ドンドン距離計が進むから、ガスはドンドン減っているに違いない。あと10Kmも走れないなぁ、などと思っていると、イキナリの突然に、エンジン・ストール。「やっちゃったぁ!」、でも大丈ブィ。今日は予備タンクにガスを入れている、タッタの0.8Lだけれど。100円ショップの小ジョウゴを取り出し、登山用の燃料ボトルに入れている0.8Lをタンクに流し込みます。夏場では、だいたい25Km/Lの燃費なので、あと20Km位は走れるなぁ、と心積もりをして走り出します。 ...が、R353・R145には24時間営業のGSがない、無い、ナァ〜イ。このまま進むと、中之条町と長野原町の間の吾妻渓谷でエンストだなぁ、きっと。そうなると、軽いとは言っても、170Kg以上の鉄馬を押して延々10Kmも歩かなければならない、ってコトね。つぅー訳で、朝7時から営業という看板のあるGSの店頭で待つことにした。今、6時だからキッチリ1時間も待たなければならない。せっかく早く出っ発したっていうのに、これじゃぁ何にもならないナァ、とブツブツ言いながら近くのコンビニでオニギリを買い、朝飯をユックリ食べながら待ちます。それにしても、長いゾ1時間。幸いに店は7時チョチ前にオープンしてくれた、ウレシヤ。セルフなので、鉄馬にガスを目イッパイ入れ、ボトルの方にも0.8L入れて出っ発です。このイライラもあり長野原からは、いきなりアドレナリン全放出モードに移行。1時間も遅れたため通勤時間になってしまい、車も多くなっているが、そんなのぉ関係ねぃ^2。登り車線は追い越しOKなのです。ドン亀をガンガン追い抜いて、すぐに草津の街に。ココからさらに山側に上ります。信号機のない区間が40Km以上もあり、白い点線も割りと多く、何より景色がバツグンなので、ビーナス・ラインの次に好きなルートです。アドレナリンの予備タンクもカラになるほどに全開モードで休みなしに走り、一気に中野市です。ここからR403で南下して小布施を経て須坂市に入ります。じきに「高畑町」信号があるので、ここを右(西)折して1Kmも走ると小さな大乗寺です。この南西のリンゴ畑が小河原館跡、でも遺構は無さそう。近くの大乗寺の境内や館跡の北300m地点の小河原神社境内にも無さそう。
小河原館跡、現在はリンゴ畑
 鉄馬を須坂市の中心部に進め、市役所より南東1Kmの所にある臥竜公園に。公園駐車場脇に園内の案内図があり、須田古城の標記もシッカリある。園内には2つの小山があるが、南側のそれが須田城址である。動物園近くの不動の滝の脇に城址への登り口があり、難なく頂上部の主郭に。大岩城の出城ということでコジンマリとしているが、明瞭な堀切・腰郭・石積みなどの遺構が残存している。主郭付近からは、同じ須坂市の竹ノ城址が良く見える。また、麓の竜ヶ池の西側に小さな昌福寺があるが、この辺りは麓の居館跡であるらしい。
須田城址、主郭跡
須田城址、竜の池よりの遠景
須田城址、主郭の虎口跡 須田城址、主郭の石積み跡
須田城址、主郭跡の案内板
 次いで県道54号線で、高山村方向に進みます。須坂市と高山村との境付近に「本郷」の交差点があり、ここを右(南)折して、80mほど進んで左(東)折して山側へ進むと蓮生寺です。ここが須田城の本拠地の須田氏居館跡で、境内に小さな案内板が立っています。寺の境内には遺構らしきモノは見当たりませんが、寺の墓地裏の竹薮の中には、山を削った多段の削平地になっていて根小屋らしい雰囲気がプンプンです。
←須田居館址、現在は蓮生寺
↑須田居館址、墓地裏の削平地
←須田居館址、蓮生寺境内の案内板
  蓮生寺の裏山が大岩城です。例によって、墓地の後ろ側をウロウロし登り口を探します。山へ向かって墓地の左端に登れそうな道を見つけ、登っていきます。途中の竹薮の中には、多段の削平地があり、居館の雰囲気プンプン。ところが道は途中で×、ガッカリ。でも、ココで諦めないのが最近のHYD、懲りないナァ。さほどブッシュも凄くないので、直登するツモリ。イノシシかカモシカの足跡やヌタ場があるので、先ずはケモノ道を探します。すると、すぐに竪堀跡ような道(ではないナァ、きっと)のような地形を発見。これを登ることにした。ブッシュもないので割と登りやすい。ここで、方向確認のため、コンパス(磁石)を取り出そうと、腰に手を当てて「アレッ?」となった。ウェストバッグが無いのである。「」と思ったのもツカの間、すぐに寺の山門前に置き忘れたのだと思い出した。デジ写真を撮る時に、邪魔なので外して脇に置いていたのだった。スグサマとんぼ返り、山門の所に直行です。バッグの中には少々の現金とカード、ケータイなどを入れている。誰かに持って行かれはしないかと、焦ったの・なんのって、飛ぶように降りて行くのでした。幸いにも、置いたママの状態で、バッグが放置されてあった。「ホッ」として、顔中にコビリ付いた蜘蛛の巣を払うのでした。無我夢中で下り降りる際、蜘蛛の巣の顔面攻撃を幾つも受けていたのである。さぁてとぉ、仕切り直しである。先ほどの竪堀跡のような地形の所に戻り、再び登り始めるが、急坂+落ち葉が深くて当初イメージしたより登り難い。一歩・一歩、足元を確認しながら登りますが、いかんせんアマリにも急坂+落ち葉で、つま先に力も入らない。そして急坂なゆえに、すぐハアハア・ゼイゼイとなってしまった。オカシイ、この位で息が上がるとは。普段のトレーニング(うそ、最近はタマにしかやらない)はどうした。数歩進んでは休憩、また数歩登って休憩、これの繰り返し。一向に高度が稼げない。このため途中で何度もアキラめようかと思った。それでも、●難攻不落の水の手城と異なり、遥か高みに僅かに稜線が望めているので、何とか登りたいの一心。この辺りは、元山岳部の面目躍如。足が棒になったが、クジけずに登攀続行。岩場の真下まで来た時には、正直ウレピーのココロ。三点確保で岩場を登ると稜線です。 ...が、そこには尾根に沿った登山道があるではないか、超ガックリ。暫し唖然となって、声もなかったが、さらに登って行きます。すると、堀切跡や細長い副郭跡があって、山門から43分で主郭です。思わず「ヤッタネー」の大声を出すのでした。主郭も割と細長く、中央に凸部がある縄張りである。石塁跡や腰郭もよく残っている。さらに南側には堀切を経て副郭である。ここにも中央に凸部がある。さらにその先に深く幅広な堀切が出現。「スッゲェー」と先ほどより大きな声が出てしまった。デジ写真では、大きさは表現できないが、とにかくスゴイ堀切である。この先は、郭らしき跡があるだけで、特に遺構は無さそう。まぁ、あの堀切があれば憂いはないワナァ。このまま尾根筋を進むと主峰の明覚山で、この頂上そばにも「雨引城」がある。でも、今回は疲れ果ててしまったのでパス。この辺りは、元山岳部のツラ汚し。で、疎林で眺めはイマイチの主郭に戻り、水分とエナジー補給をしてマッタ〜リ。この後、主郭内部をウロウロすると、北側の端っこに三角点(2.5万分の一地図の677.2mのポイント)や虎口や石積み部分が残っている。また石積みで円形状の、何に使われたのか「」の遺構もある、何だろうか。ところで、帰る際も登った所を降りたので確認は出来ていないが、尾根道への登り口は、大岩城城主・須田満国の墓所である曹洞宗の満竜寺裏か尾根の先端にある薬師堂裏にあると思いますヨ。

■36°39′27.9″−138°20′35.2″、比高は蓮生寺山門から277mです。
大岩城址、主郭跡 大岩城址、副郭跡
主郭の円形状の謎の石積み 副郭南側の大堀切跡
大岩城址、主郭の石積み跡 大岩城址、主郭跡
北側の副郭より見た主郭跡 副郭よりの展望
  さぁてとぉ、マダマダ日は高いが、「夕方、所ドコロで雷雨を伴う」のご託宣が気になる。夕方にならない内に、ヤバそうな所を抜けてしまいたい。という訳で、早々に帰陣しよう。R406で菅平に出て、R144で真田に。ここから大好きな県道4号線で東御市に出て佐久へ。ここからR141を南下です。この路線には野辺山・清里と観光地が多いが、黄色い線ばかりでツマラない、というか面白くない。イツもと違うルートを考えようかと思っていると、馬流の辺りでイキナリの突然に豪雨。幸いに、降り出してすぐに格好の雨避け場所があったから良かった。なかったら、1分も経たない内にズブ濡れだった筈。どう望天観測しても止みそうにもないので、雨合羽を着込みます。すると別の2人の鉄馬乗りも雨宿り、やはり考えることは同じのようだ。合羽を着けて雨のR141を南下します。野辺山の大規模農地辺りが一番雨脚が速かったような。それでも、最高高所を過ぎると、雨は止んでくれた。でも、途中で降られそうな気がしたので、暑いのをガマンして合羽を脱がずに進みます。この先で雨が心配なのは笹子トンネルである。とにかく降られる前に突っ切ろうと、早々と須玉インターから高速に乗ります。でも・しかし、心配は当たってしまった。笹子付近は雨の中。おまけに、この雨の影響だろうか、事故渋滞ときたぁ。くそーぅ、ヤケになりそう。でも、そこは57歳、ぐぅーっとガマンの子でチンタラとすり抜けの連続技。ようやくに相模湖インターです。どこかのPAでヒマつぶしをして、17時からの通勤割引を受けようかと考えていたのが、トンでもない。休まずに走って来たのに、17時をズイブン回ってしまった。ここからR412を走り厚木に。さすがに雨も止んでいて、合羽を着ていたのでは暑くて堪らない。日曜ということもあり、魔の長後街道もソコソコに走れて19時丁度にご帰館。雨で汚れた愛馬の世話をして部屋に入ると、もうガマンが出来ない。シャワーを浴びずに、「いっただきま〜す」のゴングで缶ビアーをゴクゴクうーんめぃ。本日、560Kmと距離は走ったが、高速多用でチョチ残念。明日は出勤だから飲み過ぎないようにネ、チャン・チャン
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