■  河原崎城  ■
■期日 H22年8月1日(日) 【福島県】南会津町・河原崎城
■ルート 戸塚自宅〜横新・第3〜玉川IC〜環八〜大泉IC〜外環〜川口JCT
       〜東北〜西那須野塩原IC〜R400〜会津田島〜R289〜只見T
       〜R252〜小出〜R17〜小出IC〜練馬IC〜環八〜玉川IC
        〜第3・横新〜自宅
■コメント
  う〜ん、腰の腰痛が痛い。激痛ではないが、ここ2ヶ月程前から同じ姿勢で居ると腰が
ズキズキ痛い。その上、相方の体調も悪いまま。しかもである、今度の土曜と日曜とも『昼過ぎから、場所によっては警報レベルの大雨・雷雨になる』とのご託宣である。でも、こういう逆境ダラケだからこそ出掛ける勇者(普通はバカ・アホという)がソコに居た。@腰痛はガマン、A相方の体調は無視(ヲイヲイ)、B大雨・雷雨は分布予報図から12時〜15時から振り出し始めるから早めに帰る、というコトにした。Bのために、攻城数を少なくし、早めの出っ発としよう。で、土曜は21時にはもう早寝、日曜の朝も4時前起きのとっても良い子。4時半前には出っ発です。肝心の行く先はというと、苦汁を舐めさせられた奥会津の城。そう今回もヤブコギ覚悟です。いつものように都内に入り、環八で大泉まで。ここから外環、東北道で北へ向かいます。矢板北パーキングで立ち食いソバを食べ、しばし小休止。この後7時前に西那須野塩原インターで降ります。ここからR400の緑のトンネルを進み、会津田島からはR289を西に向かいます。南会津町と只見町との境付近で、伊南川を渡り南会津町の和泉田地区に入ります。地区内を県道351号線が走っていて、地区の中央部に二渡神社がある。この神社の裏山が河原崎城の城域です。登り口を探しますが見つからない。神社のスグそばの民家の庭内で第一村人を発見したので、イロイロお聞きします。どうやら神社の左側の道を山側に進むと林道となり、それをサラに進むと「森林環境税で造った...」風な案内板があるので、ここから山道に入れば山頂部まで登れる。昨年(2009年)に新しく作った道だから、歩きやすい筈である云々、であった。早速、その道順に進んで案内板の場所に現着。ここから新しく造られた道を進むが、どういう訳か根小屋らしき台地地形の所で道は消えている。ウロウロしてもラチは明かない。う〜ん、この根小屋のことを河原崎城と地元の方は考えているのだろうか。そんな筈はない、しょうがねぇ前回のヤブコギを今回もしよう。ってんで、山側に向かって強行進軍。でも、疎林地帯は何とか登れたのだが、その上はモノスゴイ藪で、アチコチ進入路を変えてみたが結局断念。1時間強のタイムとエナジーをロスってしまった。ガックリして神社に戻り、再び第一村人の方に質問攻め。「オカシイなぁ、案内板は環境税で云々と書かれていた?新しく造った道だからスグに分かる筈なんだが...」という話で、どうにも話がオカシイ。結局??に。最後に、「道はモウ一つあるが、それは神社の右側の道で、向こうの駐車場の脇を通って....」と違う道を教えて貰う。喜び勇んで説明通りに進むが、今回も一向に山道は見つからない。「しょうがねぇなぁ、諦めようか」とも思ったが、タマタマ小さな沢道が有ったので、ダメモトでこの道を進んだ。しかし、途中でこの道も途切れてしまった。でも、疎林だったため、まだ登れそうである。アエギ・アエギ登ると、途中で立派な山道が現れた。「もしかすると、この道が...」と急坂の道を進むと、マタしても根小屋のような台地上に出て、サラに進むとギザギザ登りとなった。このギザ・ギザ道をドンドン登っていくと、神社から19分で小さな石の祠が祀ってある主郭です。道を間違えなければ15分前後で到達出来る筈。主郭から和泉田地区の一部が望めます。主郭脇には堀切があり、土塁も残存している。二の郭を経て横堀(堀切)があり、主郭より僅かに高い郭脇にも堀切が残っている。主郭には三角点が置かれており、国土地理院の地図上には652.8mと記されています。
↑ 河原崎城址、土塁の残る主郭跡 ↑ 河原崎城址、主郭脇の堀切跡
↑ 河原崎城址、主郭跡 ↑ 主郭よりの簗取城・館跡の眺め
↑ 麓の二渡神社 ↑ 河原崎城址、遠景
↑ 県道351号線を只見方向に150m進み、ここを左折 ↑ 山麓のT字路を右折して林道
↑ この標識で林道から山道に ↑ 新設の山道は歩き易い
 主郭には疎らに雑木があり、和泉田地区の全てを望めないが、主郭より少し下側の山道からは地区が一望できる。また、敵対していた梁取城やら梁取館も、伊南川を隔てて斜め向こうに見える。今日の攻城計画では、この城も攻める予定だったのだがロス時間が多過ぎた。もう時間切れ、諦めよう。とにかく雨に遭わないため13時までに三国峠を越えたい。一心不乱にムチを振るい、六十里越を過ぎて12時前には小出インターです。ここから関越道に上がります。前方を望天観測すると、メチャやばそうである。もうじき降ってきそう。「速そう+危なそう」なソアラの後にクッ付いて140Km超で巡航。降りだしそうな天気も関越トンネルを過ぎるとド・ピーカンとなり、しばらくは降りそうにもない雰囲気、ウレシヤ。でも、その代わりイキナリ暑くなってきた。愛馬のエンジンも熱いようで、コンピュータ表示の馬体の温度計も最高値を示している。外気温の温度計も38℃を超え、時々39.5℃となる。ゲェーッ、暑い筈じゃぁ。執拗にソアラの後に付いて走ったが、埼玉県に入ってからは、13時チョチ過ぎの時間なのに混雑しだしたので、チンタラ走行に切替。ここで、イキナリ身体が前方にツンのめった。「ゲェーッ、エンストかぁ?」と、思った瞬間に身体は後に。1秒弱でエンジンは元に戻った。実際にはエンストではなく、エンジン・ブレーキが掛ったような状態になり、スグも戻った。最初は『気のせい』と思いたかったのであるが、この症状が頻発しだした。パンクとヘッドランプ切れ以外での最初の大きなトラブルである。しかも高速道路上、何とかインターを降りるまで進んでくれぃ。と、必死の願いが通じたのか、ギク・シャクとした運転を続けながらも、どうにか練馬インターを降りることが出来た。ここで、BMW社の電気系統のオソマツさを思い出し、とりあえずPow−offでのMPUのresetをしてみた。暑さで、MPUなりセンサーがヘタったんのではないかと考えたのである。しかし結果は変わらず、ガックリ。どうしよう、このままサービス工場に行きたいが、荷物のコトやらココからだと自宅まで距離があるしなぁ、と考えダマシ騙し、このまま横浜まで行くことに決定。直線路でギク・シャクするのは、まだ危険が少ない。でもカーブしているところでギクシャクされるとヤバイなぁと考え、カーブでは回転数を抑えたりして、何とか自宅まで到着。荷物を降ろしたり、着替えをしたりして30分も経過してから、ディーラーの工場へ行くつもりで乗馬するも、アレほど頻発していた症状は皆無、ない。どうやら少し冷えたため正常に戻ったらしい。このまま工場に行っても、TOK(Test−OK)になって金だけ取られるだけ。と割り切って途中でUターンして自宅に。まだ16時前と早いので、愛馬を念入りにキレイ・キレイしてあげても、まだ夕飯には時間がタップリ。シャワーも時間を掛けて時間調整をします。で、イヨイヨ待ちに待った儀式、「いっただきまぁ〜す」で第3のビアーを咽喉に流し込むのでした。本日600Kmちょっとと走ったが、下道は200Kmと少ないので走り応えは少ない。愛馬の熱によるトラブルが気になるナァ、まぁ無事に帰れたということで、...、チャンチャン
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