■  日岐大城  ■
■期日 H22年4月25日(日) 【長野県】生坂村・日岐城・日岐氏居館
                     ・日岐大城・こや城、筑北村・東条城
■ルート 戸塚自宅〜P22・R412〜相模湖IC〜中央・長野道〜豊科IC〜R19
       〜生坂V〜P55・R403〜麻績IC〜長野・中央道〜相模湖IC
        〜R412・P22〜自宅
■コメント
 昨日の土曜は降水確率がイクブン高かったので、10%の今日の日曜に攻城の野駆けである。降水確率だけでなく、疲労が疲れていて土曜は早起き出来なかったという理由も大きい。で、休養タップリの日曜は、七つチョット過ぎに起き出した。冬期と異なり、この時期はもうズイブンと明るい。厚木市内のいつもの牛丼屋で、注文から食べて支払いまで10分で済ませ、R412を走ります。まだ6時前なのに光線の加減で陽が眩しい。「グラサンを付けなければ」と思って道端に寄ると、脇を猛スピードで駆け抜けて行く
バカ鉄馬が一匹。条件反射で猛然とダッシュをかけ、その鉄馬に付いて行くおバカがもう一匹。をいをい、ココは制限速度40Km/hなんだけれど...。でもメータは○○○の危ない数値を示している。当りの然で、黄色い線も見えていない。こんな状況で2匹が競うにようにして走るモノだから、「アッ」と言う間もなく相模湖インターです。はてさて、中央道でドコまで行くかというと、信州は生坂村である。中央道をヒタ走り岡谷ジャンクションから長野道に入り、松本インターの先の明科インターで降ります。ここからR19を北上し生坂村に入ると、水鳥公園への案内標識が出ている。この標識に従い、左(西)折して犀川に架かる日野橋を渡り、犀川に沿って狭い道を北上すると裏日岐地区にある水鳥公園です。さらに進むとダム湖から離れて山側へ進む道がある。この道を進むと、山側に日岐城址への案内標識が立っている。『城址遊歩道通行止め』になっているのが気になるが、気にせず(ヲイヲイ、どっちなんダァ)に標識に従い5分も登ると、日岐城の三の郭(かじ平)です。さらに進むと二の郭、主郭です。犀川側は崖状になっており、法面の工事をしている。どうやら、この工事の関係で通行止めにしているようだ。横堀、土塁跡が残っていて景色がバツグン
↑ 日岐城址、主郭跡 ↑ 日岐城址、二の郭跡
↑ 主郭脇の横堀跡 ↑ 日岐城址、主郭跡
← 日岐城址、主郭よりの眺め
 次いで、平地から山側に坂になっているトコロ迄戻ると、●日岐殿屋敷跡の標識が果樹園(ブドウ畑)の脇に立っている。さっきココを通過した時には気が付かなかったのだが。う〜ん、HYDの動体視力も歳と共にボケて来ているのかも。現在は遺構らしきものは見当たらないが、周辺の果樹園や水田からは遺物が出ているらしい。少し離れてこの周辺を見ると、確かに居館跡らしい雰囲気ではある。
↑ 日岐氏居館址
↑ 日岐氏居館址
日岐氏居館址よりの日岐大城の眺め(左のピーク) 
  生坂ダムの堰部分には、狭いが車が通れる道があり、これを進みます。旧R19を進むと、生坂小学校への標識があるので、これに従い丘陵部に登ると万平地区です。途中に『京ヶ倉登り口』標識が数多く立っており、コレに従い登り口に進みます。山の端に『登り口まで500m』標識があり、ここからは簡易舗装道が泥道となる。ここで、<愛馬を汚したくない+スリップの危険が危ない>ため、愛馬の背から降ります。ここからヌカルミ道を少し歩くと、京ヶ倉登り口です。日曜ハイカーだろうか、四輪車が数台停まっている。よくよく案内標識を見ると、『こや城址』の木碑を支柱にして、この標識が立っているではないか、恐ろしや。木碑の横面には、「2条の空堀や腰郭があった」云々が書かれている。このため、木碑のある登り口の駐車場(?、広場になっている)辺りをウロウロするが、それらしい遺構はない。登り口は2つの小丘の鞍部の下部分であるが、この左(北)側の小丘の頂上部へ登ってみた。頂上部は狭いが郭跡のようにも思える。石の祠があり、ここから日岐城や居館跡がハッキリ望まれる。ココが「こや城」の主郭なんだろうか。でも狭すぎるし遺構もない、違うナァ絶対に。こや城はアキラめて小丘を降り、先ずは京ヶ倉(990m)へ登ります。かなりキツイ急坂でドンドン高度を稼ぎます。登り口からアエギながら25分で「おおばこ見晴台」です。ここからの景色は、なかなかに秀逸です。さらに20分も歩くと稜線に出ます。ここから京ヶ倉は目とハナの先です。たぶん5分前後だったんだろうが、あまりの景色の良さにこの時間を測るのを忘れていた。岩のヤセ尾根では、樹木もないのでホボ360度の展望が開けています。北アルプス(焼岳〜常念〜餓鬼〜爺〜鹿島槍〜白馬三山〜乗鞍)がクッキリ一望です。反対側も妙高、尼飾や浅間がハッキリ見えます。で、最後の急坂を登ると京ヶ倉の頂上。ハイカーが2組、ガスバーナーで湯を沸かしコーヒーを飲んで居られる。どうやら地元の方らしいが、こちとらぁ横浜の住民、帰る時間も考えるとノンビリ出来ない。さらに先の本チャンの大城(980m)を目指します。ここへも5分程度かも、同じく計測忘れ。大城の頂上部でも、10人以上のジジ・ババ軍団が占拠して昼飯を食べて居られる。「どこから来たのか」「なぜ京ヶ倉を知ったのか」「尼飾は登ったのか」などなどウルサイこと。でも人生の先輩ばかりなので、愛想よく受け答えします。日岐大城の主郭は、年寄衆に占拠されたままなので、二の郭、三の郭を先に攻めます。どうやら、堀切、土塁は無さそう。ノンビリしてから主郭に戻って来たが、年寄り軍団は居座ったまま、あちゃぁー。しょうがないので、案内板をバックに記念撮影(証拠写真とも云う)を撮って、京ヶ倉、オオバコ見晴台を経て登り口に戻ります。
↑ 日岐大城址、二の郭から見た主郭跡 ↑ 日岐大城址、三の郭跡
↑ おおばこ見晴台から見た日岐城・館跡 ↑ 日岐大城址
↑ 万平ルート、稜線上から見た京ヶ倉 ↑ 日岐大城から見た眺め
↑ 京ヶ倉からの眺め ↑ 京ヶ倉からの眺め
  愛馬を停めたトコロまで泥濘道を歩いて戻ります。途中で、左の山側をナニゲに見て、「?!」となった。竪堀としか考えられない地形なのである。う〜ん、もしかすると、この上がこや城なのでは。その竪堀の堀底を登るが、急峻過ぎて登れない。右側に移動すると、3段の郭跡が認められる。竪堀の上部まで行くと、間違いなく堀切である。さらに進むと主郭である。シッカリ案内板が立っている。夏場はブッシュで大変だろうが、今は早春(この辺りでは桜が丁度満開である)、ウロウロが可能である。でも案内板に書かれているような2条目の堀は確認できなかった。京ヶ倉への登り口の手前に最後の建物(作業場)があるが、この建物の20m先の山側に竪堀跡があるので、この近くから直登すると城域へ入れます。
↑ こや城、主郭跡 ↑ 主郭南の堀切跡
↑ こや城、竪堀跡 ↑ 主郭跡から見た日岐城・館跡
↑ こや城、麓部の郭跡 ↑ こや城、主郭跡
 今日はこの後、R403・県道55号線他で長和から諏訪南への下道を走ろうという計画である。ところが、R403で道を間違えたらしい。どうにもHYDは方向感覚までオカシクなったようである。長野道の下をクグった所で、大きな観光案内板を見ながら善後策を立てます。ところが、この案内板に「東条城址」が記されていたモノだから、計画を追加・変更。筑北村の東条(ひがしじょう)地区にある城をツイデに攻めるコトに。R403を進み、本城・西条地区から県道277号線で東に進みます。東条川を渡り、東条地区に入ると、「花顔寺」、「東条城址」への案内標識が路傍に立っている。これに従い山側に入って行きます。ほどなく禅宗の花顔寺です。境内の駐車場に鉄馬を停めていると、住職が出て来られたので、東条城への道をお聞きし、登って行きます。途中に四国霊場の札所の石碑が数多く建っている。ところドコロに「東条城址」への標識もあり、コレに従い進むと見晴らしの良い岩場に到着です。住職曰く「東条城は岩場で現在は何もない、でも北アルプスの眺めが良い」とのことだったので、この周辺が城域なんだろう。この辺りは赤土の砂状の地質で、遺構は風雨で消失したようだ。寺へ戻ると、住職が本堂の中を案内してくれた。大きな龍の天井画や36賢人の絵などがある。寺名としては珍しい花顔寺というのも、どうやら青柳氏の家来筋の夫人の戒名と絡むようである。かなり長い時間、いろいろ教えて頂いたが、帰る時間になったので失礼する。
↑ 東条城への標識 ↑ 東条城主郭よりの眺め
↑ 花顔寺と城址遠望 ↑ 県道277号線、東条城への標識
  さぁてとぉ、当初の計画では下道で茅野・富士見に出るツモリだった。...のだが東条城の関係で時間切れ、早く帰らなくては。R403で麻績に出て、ここから長野道に入ります。途中、トイレ休憩を1回だけ、走りっぱなし。甲府を過ぎると「中野トンネル〜小仏トンネル、20Km渋滞」の赤い表示。う〜ん、暖かくなって野駆けのシーズンになるのはウレシイのだが、今度は渋滞がなぁ、ガクッ。談合坂を過ぎると、今度はポツポツと雨まで降って来やがった。クッソォー、10%の確率はドコへ行ったんだヨォ。巨大縦長駐車場の中をスリ抜けで通過し、ようやくに相模湖インター。イライラから開放されたものの、相変わらず雨は降り続いている。R412に入り相模湖の堰を渡り終え、トンネルを過ぎた山道のカーブの所で、いきなりズッルーとなった。マンホールの四角い金属蓋の上で滑ったのだ。滑ったタイヤが金属部分からアスファルトに移ると、今度は急に摩擦が増えて反対側にハイサイド。愛馬は左右グラグラ心臓バクバク。幸いにコケずに済んだが、もう少しスピードを上げていれば、間違いなく転倒。対向車の急ブレーキを踏んだ音が聞こえてたから、衝突もしていたナァ。おお怖っ〜。スリップで、これほどの怖い目をしたのは、もう3度目。濡れるのもイヤだが転倒も怖い、だから雨は大ッキライ。しかし雨は降り止まぬ。横浜方向は青空なので、その内に止むのは分かっているのだが、一向に止んでくれない。合羽を着込むのはメンドイし、かといって下着までズブ濡れになるのも、...と決断をしかねている内に、ようやく相原辺りで止んでくれた。日曜なので厚木中心部も長後街道も比較的混んでいない。ようやっと19時半に、ご帰館です。さすがに、この時間では家族(+猫も)は食事フィニッシュ。しょうがねぇナァ、一人で寂しく食べよう。小さな声で「いっただきまぁ〜す」で焼酎をアオります。本日520Km走行も千円高速を多用して、下道は僅かな距離、ヨォーッお疲れさん
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