■  猪苗代城  ■
■期日 H21年6月27日(土) 【福島県】猪苗代町・猪苗代城、会津若松市・神指城
■ルート  戸塚自宅〜横新・第3〜玉川IC〜環八〜大泉IC〜外環〜川口JCT
        〜東北道〜郡山JCT〜磐越道〜猪苗代磐梯高原IC〜R49・R294他
        〜会津若松C〜R49他〜会津坂下T〜R252〜小出IC〜関越道
         〜練馬IC〜環八〜玉川IC〜第3・横新〜戸塚IC〜自宅
■コメント
 梅雨に入って2週間経過し、「しばらくは野駆も出来ねぇなぁ」と思っていた。のだが、木曜あたりから「金〜土曜は晴れそう」という有難いご託宣と変わってきた。コレはうれしい、早速出掛けるコトにしよう。でも今回は攻城よりも野駆がメインで、走るコトに徹しよう。攻城はオマケである。で、行き先はというと、会津若松から小出までの山中のR252である。柳津から小出までは走ったコトがあるのだが、板下〜柳津までを走っておらず、
画竜点睛を欠く気持ちが強かった。これを払拭したいココロなのである。一人で走ったのではモッタイナイ。バイクのお師匠さんに声を掛けると、都合が悪いとの連絡あり。しょうがねぇなぁ、一人で攻めようかしらん。走りがメインではあるが、カネてから興味があった平城も攻めようと決め、金曜は早寝の良い子。3時半に起き出し、七つチョチ過ぎには出っ発です。横浜新道・第3京浜と走り、環八も快調に進む。でも、大泉インターからが大変だった。訪ねたい平城の一つが猪苗代城なので、猪苗代町までは高速を多用するコトにした。でも・しかし、さすがに大泉インターから270Kmも先である。この長いコトといったらない。行けども・行けどもKmポストの表示は増えない。追い討ちを掛けるように、起き出してから妙な胸騒ぎがあり、殆どムチを入れずに走っていたのでナオサラである。これは速度違反で官憲に捕まるというような不安感ではなく、何か大きな事故に遭遇するような胸騒ぎである。このため、90Km/時というチンタラ走行に徹していた。当然にメータに表示される瞬間の燃費表示は、30〜35Km/Lを行き来する地球に優しいエコ走行である。平均の燃費表示も32Km/Lとなっている。ズイブンとチンタラではあるが、猪苗代まで高速をズゥーッと利用するので、コレでも早く到着出来る。とは言っても、ムチを入れないように我慢するのが超難しい。郡山ジャンクションまでは何とか来たが、ここからはもうガマンが出来ない。思いっきりムチを入れ、猪苗代磐梯高原インターで降ります。県道7号線で猪苗代町の市街中心部に入り、瀟洒な猪苗代小学校の南隣の亀ヶ城公園に。ここは猪苗代城の城址公園で、入口で野面積の石垣が迎えてくれます。上へ登って行くと櫓門跡もあり、この辺りにも石垣が残っている。でも、さらに登ると石垣よりも土塁が主体の城であることが分かります。しかもこの土塁、大規模でナカナカに優美です。う〜ん、見応えがあるワイ。幾つかの副郭・腰郭なども土塁で防備され、空堀跡などもよく残っています。主郭周辺からの市街の眺めもグゥーッです。市街地の城址公園という割りに、よく遺構が残ってくれている、アリガタヤ
↑ 土塁の残る主郭跡と磐梯山 ↑ 野面積みの石垣跡
↑ 猪苗代城址、二の郭跡 ↑ 土塁と空堀跡
↑ 腰郭の虎口跡 ↑ 猪苗代城址、案内板
  R49を走り会津若松市内に入ります。そのままR49をドンドン進むと、R252と交差する「中沢」信号です。この交差点を曲がらずに真っ直ぐ(西方向に)進み、道なりに100mも走ると道端に「神指城址」への小さな標識が立っている。これまでは市街地の風景だったが、突如として標識の指す方向には田んぼの緑の絨毯が広がって来る。その田んぼの中に、何やらコンモリとした島状の林が見える。近付くと、神指(こうざし)城の案内板が立っている。この城址は上杉の家康対応の城の一つで、NHKの大河ドラマ「天地人」でニワカに注目されているためか、HYDの他にも攻城(?)の方が居られる。デジ写真をパチパチ撮っていると、その方が近付いてきた。そしてイキナリ「たいぼくけいですか?」と聞かれた。エェーッ?、アタフタして再度訊ねると「大木系ですか?」とのこと。で、「城系です」オカしな禅問答。この島状の中に巨木(高瀬の大木)があり、コレを目当てに訪ねられたようである。摩訶不思議な短いヤリトリで双方納得し、お互いにパチパチの再開。ところで、この島状地形は二の郭のゴクゴク一部の遺構である。本丸は200mほど南南東方向のコンモリとした島状地形である。ここに鉄馬を進めるが、ここには案内板はなく、高指城保存会の皆さんが作られた小さな案内板がアチコチに立っている。土地所有者の関係で、本丸跡の内部には入れないようである。周りから見るだけであるが、縄張りの構想・大きさが実感でき、ココまで鉄馬で来た甲斐があったワイ、マジで
↑ 神指城址への標識 ↑ 神指城址、主郭跡
↑ 神指城址、主郭の石垣の一部 ↑ 神指城址、主郭の土塁跡
← 二の郭櫓跡の案内板
 さぁーてとぉ、狙っていた2つの城の攻城は無事に終了。これからはメインの山の中のR252である。R49で会津坂下まで進み、ここからR252に入ります。途中でガスを補給したが、満タン法でリッター31.0Kmというトンでもない数字を叩き出した。う〜ん、高速道を80Km/Hで走ったら35Km/L以上は確実だなぁ、絶対にしないけれど(ウソかも、90Km/H走行でさえも、絶対しないと確信していたのに、今日はチンタラ走ってしまった、というコトはいつかヤルかもしれない 苦笑)。ガスを入れ終え、ココでようやくハタと気が付いた。2つの城の見事さで、どうやらそれまでの胸騒ぎがケロッと治まったようである。こうなると、ウソのようにムチを強く入れたいココロに変身・変心。只見川に沿っているR252は、殆ど信号もなく至極快適である。また緑のトンネル部分もあり、人造ダムが数多くあり、風景は見飽きない。黄色い線の道でなく、白い点線がもっと多い道であれば言うコトはないんだが。それでも、信号も殆どなく車両も少ないので快調に飛ばして進みます。巨大な田子倉湖まで、アッというまであった。ここまで板下から約100Kmほどだが、信号は10個もなかったような気がする。六十里越トンネルを過ぎると、越後の国である。しばらく山の中を走ると、魚沼の市街に入る。ここからR17を進めばスグに小出インター。これまでであれば、なおも下道のR17を進むところであるが、1000円高速なのでココから関越に入ります。練馬まで約200Kというキロメータ表示が立っている。う〜ん、またしても2時間を苦行するコトになるのカァ。でもガマンするしかない。単調な高速道をガマンの100Km前後で進みます。途中トイレ休憩を2回行い、17時チョチ過ぎに練馬インターを降ります。この時間帯では環八の渋滞が思いやられる。玉川インターまで1時間超は覚悟しなければ、と渋滞路を進む。案の定、70分も要して玉川インターに。ここから第3京浜、横浜新道と進んで、19時チョチ前にご帰館です。遅くなってしまったので、愛馬をキレイキレする時間はない。シャワーを浴びて着替えをし、食卓に着きます。その後、大きな声で「いっただきまぁ〜す」。ゴックゴクンと第3のビアーを咽喉に流し込み、「プッワァー、うんめい」の雄叫びを発するのでした。本日740Kmと距離は結構走ったが、500Km以上が高速だから、フィジカルな疲れなし、メンタルはあるけどねぇー。腹一杯呑んで、早く休んで疲れを取ってネ、ちゃんちゃん。 
↑ 田子倉湖
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