■  武節城  ■
■期日 H21年5月2日(土) 【愛知県】豊田市(旧稲武町)・武節城
                      ・武節古城・川手城・川手古城
                            ・秋吉城・中の陣城・現城
■ルート  戸塚自宅〜P22〜厚木IC〜東名・東海環状〜豊田松平IC
        〜P39〜足助〜R153〜稲武〜R257〜岩村〜R363
         〜中津川〜R19〜木曽福島〜R361〜高山(泊)
■コメント
  待ちに待ったゴールデン・ウィークである。今年のGW(う〜ん、ゲートウェイと読みそう)は、
休みが長期になる可能性が高い、晴れの日が多いご託宣、ETC割引、などなど高速道はドコも大渋滞らしい。でも、例年のように田舎に帰省して、老母の百姓仕事を手伝うのが例年のシキタリ。道路が、混んでいようが・いまいが、出掛けなければならぬ、のである。ただイツモのGWとちょっと違うのは、行く際に攻城もしてやろうという魂胆があった。今回のターゲットは奥三河の旧稲武町の攻城を計画。で、4時半前に起き出し、5時半前には出っ発。これだけ早ければ、いくら大渋滞が予想されていようと、何ほどかあらん。とタカをくくっていたのだが、あにはからんや、6時前に厚木インターに入ったのだが、スグに渋滞に遭遇した。「ゲェーッ、もう渋滞かよぉ」とボヤいても始まらない。身体も慣れてなく、気合も入っていない早朝だったが、早速スリ抜けの開始である。スリ抜けは、馬に乗れてなく、集中力も欠けていると、危険が超危ない。御殿場辺りまでスリ抜け中心で進み、沼津辺りから、ようやっと通常走行。それでも、珍しくコンプライアンス重視で100Km走行です。「スリ抜けの低速+100Km」走行で信号の無い高速道を走るから、燃費はきっと高くなるナァ、などとホクソ笑んでいると、浜名湖辺りから、又しても渋滞である。ココの渋滞距離は長く、豊田ジャンクションまでズゥーッとスリ抜けの連続。精も根も果てた頃に、ようやっと豊田ジャンクションです。う〜ん、予定より2時間は遅れている。しょうがない、攻城の数を減らすとしよう。ちょいと用事があり、何が何でも夕方までには相方の実家(高山市)に着かなければならないのである。豊田ジャンクションから東海環状に入り、豊田松平インターで降ります。ここから県道39号線で足助に向かう。途中、対向車がパカ・パカとパッシングしてくれた。「おんやぁー、県道なのに愛知県ではネズミ捕りをしているのかしらん」。半信半疑でチンタラ進むと、バカッ面した官憲が道路端に隠れ潜んでいた。「フゥーッ、助かったワイ」。それにしても、「休日+県道+40Km道路」でヤッているなんて、愛知県警の意地汚さよヨ。足助からR153を進み、旧稲武町の武節町地区に入ります。地区に入ると、道の駅「どんぐりの里いなぶ」が左(北)側にあり、この先にトンネルがある。トンネルの上に城山神社があり、周辺が武節城址である。国道右(南)脇に武節城址への案内標識が立っているので、コレに従い狭い林道を進むと城址への登り口です。登って行くと、出曲輪が待ち受けており、さらに進むと堀切を経て主郭です。城山神社がある場所は一段高所になっていて、櫓台跡らしい。二の郭、三の郭、腰郭とよく残っている。出曲輪には土塁・竪堀なども残っていて、なぜかホッとするのでした。
【トンネル直前の左(北)折する道を進めば神社近くまで車で行けますヨ】
↑ 武節城址、主郭跡 ↑ 主郭の櫓台跡
↑ 武節城址、二の郭跡 ↑ 武節城址、三の郭跡
↑ 武節城址、竪堀跡 ↑ 武節城址、空堀跡
↑ 主郭からの眺め ↑ 主郭の石碑
 次いで、道の駅の脇を通って北へ進み、稲武幼稚園の裏山へ向かいます。幼稚園の左(西)側の道を北へ進み、山の中に入る道が見えてくるので、この舗装された林道のような道を登っていきます。途中、熊野神社の駐車場がありますが、無視してさらに進むと峠地点です。右(南)手は道路より高くなった囲いのある畑です。峠なので、さらに進むと下り坂となり、先には1軒の廃屋があります。峠の囲いのある畑の横(急斜面なので注意)を進み、畑の奥(南)側のちょっとした森に進みます。この森の中が、●武節古城。前面に横堀があり、切岸を登ると、小さな案内板が立ってます。どうやらココは櫓台跡のようである。主郭内はブッシュが多く、ウロウロしにくい。それでも無理してヤブコギをして、腰郭・副郭などを確認しました。
↑ 武節古城址、主郭跡 ↑ 武節古城址、横堀跡
↑ 武節古城址、竪堀跡 ↑ 武節古城址、遠望
← 武節古城址、案内板
 今度は「稲武」信号からR257を北上します。川手地区に入り、名倉川に架かる橋の手前で、左(西)折して矢作川に沿った県道356号線に入ります。300m進むと、左(南)側の山へ入る細い道が現れます。小さな真弓水力発電所の500m手前です。県道脇に愛馬を停め、未舗装道を登って行きます。途中、墓が2基ある場所を通過し、さらに登って行くと、中部電力の高圧送電鉄塔の「下村・挙母線No.6」への保守道路となります。さらに登って行くと、山懐に民家が1軒あります。かなり不自由な生活をされているに違いない、これだけ山奥で平地のない場所では。この民家の裏山が川手城址です。No.6の鉄塔まで進み、ここから左の山側に入ると、主郭、副郭、腰郭、堀切、土塁が残っています。副郭には川手地区が一望できる展望スポットがあります。
↑ 川手城址、主郭跡 ↑ 川手城址、主郭脇の堀切跡
↑ 川手城址、副郭よりの眺め ↑ 川手城址、県道よりの登り口
↑ 川手城址、遠望 ↑ 川手城址、案内板
  さらに県道356を西に1Km進むと大川橋が右手に見えて来る。橋よりさらに30m先に、町道「シロの下」という表示のある山側へ登っていく道が左(南)手にあるので、この道を登ります。登り始めて100mで右側に進む道が現れるので、ココを右折します。スグに民家があり、この民家を含めた周辺が川手古城の城域。現在は宅地化・農地化で遺構はない。主郭と思われる畑からの奥矢作湖の眺めはグゥーッです。HYDは個人宅をウロウロしたくなかったので、さっきの道をもっと上部まで愛馬を進め、今度は田んぼの中の農道を下って民家の上の畑(主郭)に出ました。
↑ 川手古城址、主郭跡 ↑ 川手古城址、主郭よりの眺め
 さぁてとぉ、稲武町にはマダマダ城址があるがソロソロ時間切れ、ココらで攻城はジ・エンドにしよう。R257を進んで岩村に進み、ココからR363で中津川に出ます。ここで給油をしたが、メータ表示で29Km/Lで、満タン法で29.6Km/Lというトンでもないよい数字が出たぁー。う〜ん、こんなに燃費が良いのなら高速道を80Kmで走ったら35Km/L以上は確実だナァ、絶対にしないけど。さて、中津川からは名古屋の単身赴任中に幾度も走ったR19を北上です。見覚えのある景色・地名を過ぎて木曽福島に。ここからR361で開田高原に進みます。御岳や乗鞍の絶景ビューポイントを過ぎ、長峰峠を越えれば岐阜県。ココから平成の大合併で高山市でもある。なおもR361を進み、美女峠を過ぎると見慣れた風景が広がって来る。さらに進んで市内に入り、山側に進んで相方の実家に。相方の実家は山の中腹にあり、北アルプスが前面に全面と広がっているスコブル景色の良い所である。今日は天気も良く、残雪の残る北アルプスと青い空、コジンマリとした高山市街が手に取るように見渡せられる。しかも相方の実家は果樹園を経営しているから、足元にはリンゴの花が今が盛りと満開で広がっている、もう言葉が足りないワイ。ところで、夕方からこの絶景ポイントでバーベキューによるウエルカム・パーティーがあるのである。誰のって、それはナ・イ・ショ。本日530Km、久し振りの焼肉・本物ビアー(いつもは第三のビアーもどき)をタラふくゴチになった。シコタマ飲んだが、SMAP草ナギくんのように失態しないでネ、ちゃんちゃん。 
↑ 美女峠近く、背景は乗鞍岳
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