■  孫根城  ■
■期日 H21年3月28日(土) 【愛知県】豊田市(旧下山村)・田代城・代官屋敷
                     ・代官屋敷城・大沼城・孫根城・大桑城・羽布城
■ルート 戸塚自宅〜P22〜厚木IC〜東名〜豊田JCT〜東海環状〜豊田松平IC〜R301〜下山V〜R473・R420〜足助V〜R153〜飯田IC〜中央〜相模湖IC〜R412〜厚木C〜P22〜自宅
■コメント
  今日は3月28日、消費拡大を狙って高速道が1K円/回のスタートとなる記念すべき日である。当たりの然に、ミーハー族のHYDも下道重視から、高速多用に宗旨を切り替えた。高速道は走っていて面白くはないが、かなり遠方まで日帰りで行けるメリットがある。2年間の限定なので、この政策を有効活用するツモリ。で、初日はというと、越後に行きたい気持ちが強かったが、まだまだ雪と凍結が心配なので、先ずは太平洋側に的を絞った。そして唐突に西三河の旧下山村を攻めるコトにした。名古屋に単身赴任中での下山村の想い出があったから。朝七つに起き出し、準備を済ませて七つ半に出っ発は、いつもと同じワン・パターン。いつもと違うのは、100Km制限の割引を気にしなくても良いので、東名をヒタスラ西上すること。そう、途中でインターを降りてETCカードを換える必要がないのダァ。でも・しかし、ヤッパー高速道は単調でツマラナイ。下道を走るより、交通事故のリスクが1桁以上少ない筈だが、こう単調だとナァ...。てな訳で、トコロ・ドコロで自主リミターを外して進みます。
コラコラ、出し過ぎだっちゅうの。名古屋に近付き、豊田ジャンクションで山側の東海環状道に進みます。う〜ん、首都圏と比べると名古屋周辺の道路計画はスコブル良い。首都圏では外環道も圏央道も挫折したママで、打開策すら見えない状況が続いている。それに比べると、名古屋周辺は大したものである。東海環状に入り、2つ目の豊田松平インターで降ります。厚木インターから約280Kmである。本来なら、少し安い二輪料金でも4,950円なのだが、今日からはたったの1K円である。う〜ん、有難てぇー。というか、この国の自動車道の料金は高過ぎ。そもそもタダの国も多いんだから。と、ニコニコ/プンプンを繰り返しながらR301を東に進み、松平郷を過ぎて旧下山村に入ります。新井前バス停(JAガソリンスタンドが右手にあり)脇の道を右(東)折し、郡界川を渡って、道なりに進んで山側の入北切地区に。すると尾根先端の田んぼの畦脇に田代城の案内説明板が立っている。これをフムフム読み、城域に進みます。城域への標識が要所要所に数多く立っているので、難なく主郭に。主郭にはアマ無線の鉄塔が建っている。尾根の下端には段郭があり、尾根上部側には堀切・土塁跡が残ってます。説明文によると、山頂には詰城があり、ここにも遺構が残っていると書かれている。でも、かなり距離がありそうで、2.5万分の一地図も持参していなかったので、あっさりパス 苦笑
↑ 田代城址、主郭跡 ↑ 田代城址、主郭脇の堀切跡
↑ 麓の田代城の案内板
↑ 田代城址、遠望
R301に戻り1Kmも進むと「根崎」信号で、これを過ぎて100mほどの山裾に代官屋敷の案内説明板が立っている。ここにも城域への標識があり、これに従って進むとスグに主郭跡です。主郭の周りには帯郭があり、空堀・土塁跡が残る。「代官屋敷」という名称ではあるが、中世の居館跡であろう。
↑ 代官屋敷、主郭跡 ↑ 代官屋敷、腰郭跡
↑ 代官屋敷、空堀跡 ↑ 代官屋敷、麓の案内板
居館の北側の尾根筋に沿って山頂部に進むと、3、4分で詰城の代官屋敷城の主郭である。ココには堀切・土塁・帯郭跡が残っている。
↑ 代官屋敷城、主郭跡 ↑ 代官屋敷城、堀切跡
↑ 代官屋敷城、主郭脇の石積み跡 ↑ 代官屋敷、代官屋敷城、遠望
 先ほどの「根崎」信号を北折して県道77号線を北へ進みます。500m程進むと、信号が無い県道362号線と77号線との分岐点。ここを左(北)折して県道77号線を進む。県道を100mも進むと洞樹院の寺で、右手の山裾に大沼城の案内説明板が立っている。この案内標識に従い進むと、三の郭、二の郭と続いて、スグに主郭です。帯郭と土塁が僅かに残存している。主郭の後方の高所にも副郭がある。通常だとココが主郭なんだろうが、調査の結果では副郭らしい。ここには堀切・土塁・帯郭があり、小さな神社が祀られている。城域は公園化の予定らしく、雑木は伐採されて見晴らしはナカナカに良い。旧下山村の立派過ぎる役場がスグそこに見える。
↑ 大沼城、主郭跡 ↑ 大沼城、副郭の土橋跡
↑ 大沼城、副郭の虎口跡 ↑ 大沼城、二の郭よりの眺め
↑ 大沼城、遠望
↑ 大沼城、案内板
 さきほどの県道362号線と77号線との分岐点に戻り、今度は362号線を北東に進みます。2Kmほど進むと、県道から少し離れた右(南)側の山裾に孫根城の説明案内板が立っている。ココにも案内標識が整備されており、説明板より770m先に孫根城があると記されている。コレに従い林道を進むと神社があり、ここから山道を進むと見事な武者走の遺構です。さらに段郭を経て土橋・堀切があり、主郭です。帯郭・土塁・空堀の遺構が残っている。石積みの遺構もあり、石積みフェチのHYDは、暗い樹間で一人ニタニタ(こういう光景を他の人に見られたら恐怖かも)するのでした。とにかく小規模ながら、山城一式が揃っているっていう感じ。しかし眺めがイマイチなのが残念。それでも木々の間から下界が望め、街道を扼していたことが良く分かります。
↑ 孫根城、主郭跡 ↑ 孫根城、主郭下の腰跡
↑ 孫根城、武者走り ↑ 孫根城、土橋跡
↑ 孫根城、案内板 ↑ 孫根城、遠望
先ほどの県道362号線から県道477号線と進み、狭い337号線に入ります。しばらく走るとR473と合流です。R473を南下するとR473は再び県道363とに分かれる(信号無し)。ここで県道363号線を進みます。150m進んで右(南)折し、橋を渡ると丘の上に立派な巴ヶ丘小学校が見えてきます。この小学校に向かって進むと、丘の中腹の道路脇に大桑城の説明案内板が立っている。ここから、次に狙う羽布城が指呼の距離で見えます。この案内板の後の階段を登って行くと、見事な土橋と空堀、虎口があり、土塁の残る主郭です。グルリが帯郭で、立派な小学校が眼下に広がります。
↑ 大桑城、主郭跡 ↑ 大桑城、虎口・土橋跡
↑ 大桑城、空堀・土橋跡 ↑ 大桑城、麓の案内板
← 大桑城、遠望
R473に戻り、少し北上すると羽布(はぶ)地区に入り、羽布郵便局です。近くの山裾に羽布城の説明案内板が立っている。ここも、標識が整備されており、難なく攻城できそう。標識に従い舗装された林道を進むと、峠付近から未舗装の林道に入り、スグに山側に入る山道に。2分ほどで主郭です。虎口・土塁・空堀・堀切が残っている。峠からは早春だったのでブッシュは少ないが、夏場はチョット厳しいかもしれない。
↑ 羽布城、主郭跡 ↑ 羽布城、主郭の土塁跡
↑ 羽布城、案内板 ↑ 羽布城、遠望
 下山村の予定していた攻城は終わった。どの城址にも標識や案内説明板が整備されており、下山村の意気込みがズンズン伝わって来た。大変有難とう。下山村、あんたはエライ。さぁてとぉ、どうやって帰館しようかしらん。いつもそうなんだが、帰る方法・ルートは、その時の体調・時間・空模様・等々で決めている。で、今日の出した答えは、山中のR473・R420を進み、途中からR153(三州街道)を北上して伊那谷に出る、その後も引き続きR153を進み、時間・体調によりギブアップした地点で中央高速に入る、である。高速はどれだけ走っても1K円/回なので、スグに高速に上がっても良いのだが、ヤッパー面白味に欠けるんだよナァ、高速道は。帰る段取りを決めたので、あとは山の中のワインディングを思いっきり楽しみます。黄色の線が多いが、気にしないで進みます、ヲイヲイ。グングン高度を稼いで治部坂峠に来た時はヤケに寒い。温度計を見ると寒い筈である2℃でフリッカしている。道路の脇は真っ白、そう雪である。う〜ん、ヤベぇー凍結が凍っているかも。一気にトーンダウンし、再び慎重居士。どうにか修羅場を過ぎ、ドンドン高度を下げて6℃になればコッチのもの。でも、もうココは駒場です。ここから、早春の伊那谷をチンタラ北上です。そう、ここら辺りからはパンダ四輪や白鉄馬乗りのオア兄さんが多いからネェ、慎重にも慎重を重ねます。で、飯田に入ったら、もうギブアップ(もうかよぉー、早くネェ?)。インター傍でラーメンを食し、ガスを補充したら飯田インターから中央高速に乗ります。ここから北上を続け、諏訪からは東下です。途中、2回ほどトイレ休憩をとっただけで相模湖インターで降ります。今日から1,000円高速、渋滞を心配して早めに高速に乗ったが、大渋滞という訳ではなく、ソレナリだった。結構、車両数は多かったように思えたが、マズマズである。インターから混雑してキレそうになりながらもR412を大人しく進み、厚木からもヒタスラ長後街道をガマンの子。インターからは、思いの外に時間が掛かり、ご帰館は17時半になってしまった。薄暮の中で愛馬をキレイキレイにし、熱っ〜い風呂に長く入れば、準備万端滞りなく終了。で、「いっただきま〜す」で、第3のビアーを咽喉に流し込む。プッワァー、うんめぇーぃ。本日、高速を多用したから680Km。でも高速って単調な割りに疲れるんだよネぇー、明日はユックリ休んでネ、ちゃんちゃん
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