■  月ヶ谷城  ■
■期日 H20年4月5日(土) 【愛知県】豊橋市・薑郷城・二連木城・和田城
                             市場城・左京殿城・月ヶ谷城
■ルート 戸塚自宅〜P22〜厚木IC〜東名〜富士川SA〜R1〜豊橋C〜P31・R362他
       〜三ケ日〜R301〜新居T〜R1〜浜松C〜R150〜御前崎C〜P242
       〜牧の原〜R473〜金屋〜R1〜富士川SA〜東名〜厚木IC〜P22〜自宅
■コメント
  今年に入ってからの野駆+攻城は、どれも距離が短くて何か物足りない感じがズゥーッとしていた。一般道を300Kmも走ると、「走ったゾォー」という感じが強くなるのであるが、どうにも・こうにもソコまで走り込んでいない。という訳で、今回は「長く」走るのが主目的の攻城である。まぁ、冬の時分と異なり、ズイブンと日も長くなってきているので、300Km超も楽勝の筈。久し振りで4時に目覚ましをセットし、少し明るくなった5時には出っ発です。で、行き先はというと、遠州を通り越して東三河である。こりゃぁ、かなりの強行軍になるなぁ、絶対に。怖い位に信号に捕まらず(いつもは10箇所以上、今回はたったの3箇所)に長後街道を進み、厚木インターから東名に乗ります。朝早いにもかかわらず、相変わらず東名は混んでいるワイ。いつものように120Kmの流れに乗って走らせていると、やはりバカはいつでも&どこにでも居る。150Km超でブッ飛ばしてスカGTRが近づいて来る。この後にクッ付いて進んで行くとジキに足柄峠。「う〜ゥさっぶー」、やっぱりココは富士の麓で、標高が高いだけに別天地だぁ。前回の野駆の時から、(ハンドルカバーを取外し+春用グローブ)なものだから、手がブルブル震えガチガチと歯が鳴ります。それでもココから下って沼津に近づくと、ズイブンと暖かくなってくる。オモムロにメータ部のデジ時計を見ると、何とまだ6時前である。「ワーォッ!」このまま沼津インターで降りると、50%の通勤割引が効かないヨォー。長後街道を超スムーズに走り抜けられた分、早く着いてしまったようだ。インターチェンジへのレーンに入って出口付近まで進んでいたが、無理クリに走行車線に戻り、そのまま東名を走り続けます。で、富士インターを過ぎ、次の富士川サービス・エリアに入ります。ココにはETC専用の出口があり、通勤割引対象の100Km圏内のギリギリでもある。閉まっていたゲートが上がり、「割引1,050円」の表示がウレシイ。ここからはコクイチ(R1)であるが、バイパス区間が多いので、アッという間に浜名湖を過ぎて豊橋です。しばらく走ると新城方向への表示があり、県道31号線に入る。県道を北上すると、朝倉川に架かる御園橋となるが、この橋を渡らずに、マン前の信号を右(東)折して50m川に沿って東(上流)に進むと、右側に切岸のような地形がある。この辺りが、薑郷(しじかみごう)城の城域。畑地と住宅化で遺構は殆ど消滅し、土塁跡のようなモノが残るのみ。まぁショウがないか。
しじかみ郷城址、土塁跡 しじかみ郷城址、郭跡
  さらに川に沿って100m程東に進み、オモムロに南に進むと大口公園です。この公園と隣の老人福祉センターが二連木城の城域である。住宅地の中の整備された公園ではあるが、園内には空堀・土塁がよく残っている。平城ではあるが、北側は段丘になっており、崖により防御性が高くなっている。桜の花も満開を過ぎて散り始めていて、何とも風情がある。気温もグングン上がっていて、ジッーとしていても汗をかく(結構な冬バージョンで着膨れだからネェー)ほど。当然マッタ〜リしてしまう。
二連木城址、主郭の空堀・土塁跡 二連木城址、主郭の土塁跡
二連木城址、立派な石碑 二連木城址、公園入口
 県道31号線をそのまま北に進むと、R362の「和田辻」信号で交差します。この信号を左(西)折して100m進み、最初の押しボタンの信号を右(北)折して、狭い道をミチナリに進みます。すると道路からはチョチ見難いが、かなり奥まったトコロに禅宗の春興院がある。この寺の東側の竹林周辺が和田城。農作業をしているオバさんに声を掛けて、竹林の中に入って行きます。林の中は広く、真ん中辺りに幅広で深い堀が出現です。この堀を越えると主郭、土塁もシッカリ残存している。北の馬越川側は段丘の崖である。
和田城址、空堀と土塁跡 和田城址、遠望
  R362に戻り、東へ駒を進め「嵩山(すせ)」信号を左折(というか、左にソれる感じ)して進んで「嵩山小学校」への標識に従って、嵩山川を渡って小学校の脇に進みます。この東の小山が左京殿城です。学校脇の豊川用水路に架かる橋を渡ったトコロに鉄馬を留め、用水路に沿って進んで山道を登ります。3、4分で頂上部の主郭に到着。主郭の周りに空堀がシッカリ残っており、土橋と虎口も分かりやすく残っています。眺めはイマイチも、姫街道を扼した城であることが分かります。
左京殿城址、主郭跡 左京殿城址、空堀と土橋跡
登り途中よりの眺め(手前は嵩山小学校) 左京殿城址、遠望
 次いでR362を再び西へ戻り、「嵩山」信号を過ぎて300m、3つ目の左(北)側に入る道を山側に進みます。右手は新興住宅地(自由が丘団地)で左側は畑地です。この畑地と竹林の辺りが市場城です。ウロウロしましたが、土塁のような地形が残るのみで、宅地化と農地化で遺構は消失しているようです。
市場城址、郭跡 市場城址、郭周辺
  もう一回R362に戻り、さらに西へ100m戻って天神橋を渡ったトコロで右(北)折します。天神川の小川に沿って山側に進むと、山懐に「月ヶ谷(わちがや)城」への黄色の棒に赤色の矢印の標識が立っています。小川に架かる丸木橋を渡り、標識に従って進みます。この黄・棒と赤・矢印の標識は、数箇所に立っています。途中、チョチ分かり難いトコロもありますが、新造の道をドンドン進むと尾根に取り付くことができ、さらに進むと鞍部です。ここから南側に進んで2段の段郭を経て、麓から13分で主郭です。このルートは搦手道ですが、いきなり石積みで補強された土塁が迎えてくれ、石塁フェチのHYDは随喜の涙を流すのでした。また主郭には枡形虎口が残っており、副郭には底が見えないほどに深い井戸も残っています。恐る恐る覗いたのですが、正直な話、この井戸の深さは恐怖です。腰郭・空堀もよく残っており、これで眺めが良ければ良いのだが...、残念。

34°48′26.4″−137°28′13.2″、比高は126mです。
月ヶ谷城、主郭跡 月ヶ谷城、主郭の虎口跡
月ヶ谷城、主郭の土塁跡 月ヶ谷城、二の郭の井戸跡
月ヶ谷城、搦手登り口 月ヶ谷城、遠望
 さぁてとぉ、6城を攻めたて落としたが、平城が多くて時間はまだ12時を回ったトコロである。豊橋には数多くの城があり、時間もタップリあるのだが、今日はこの位で勘弁してやろう。ここで、タマには信長の「お狂い遊ばす」を真似しよう、という心境になった。有料の本坂トンネルを通らずR362で三ケ日に出ます。ここで昼飯のラーメンを食し、「遊ぶ」エネルギーを補給。ここからR301で新居宿に出てコクイチで浜松。さらにR150で遠州灘を横に見ながらチンタラ進み、牧の原台地上の快適な県道242でムチを振り、「狂い」ます。ガンガン飛ばして(いるツモリ、まぁソレなりです)、途中からR473に入り、島田市を大きく俯瞰できる牧の原台地の端っこを過ぎて金谷。う〜ん、楽しかったワイ。ここからはノンビリとコクイチを東下します。まだ日が高くて、渋滞時間に間がある筈なのだが、静岡市内でシッカリ渋滞にハマります。それでもクサらずに我慢の子をして、興津・由比・蒲原へ。ここから富士川サービス・エリアへと駒を進め、朝の逆で東名に上がります。それなりに快調に飛ばしていたが、足柄を過ぎた辺りからパトカーが先導しているため渋滞。ブツブツ言いながら流れに乗って進みます。いつも渋滞している東名も、今日は不思議と渋滞にもハマらずに厚木インターを降りられた。でも渋滞の長後街道は相変わらずで、18時チョチ過ぎにご帰館。今日はトラブルが無かったような、あった(鉄馬のメータ照明ランプ断の些細なモノ)ような。ともあれ、無事のご帰館は喜ぶベシ。本日550Km、この内で一般道が350Km超は、久し振りに堪能できたでショウ。湯にも入らず「イッタダキマ〜ス」のゴングで、本物ビアーでカンペイ、「うんめぇー」。明日は隣の栄区アマ無線クラブの花見である、呑み過ぎないで、はぇーとこ寝よっとぉ。
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