■   稲倉城  ■
■期日 H16年11月7日(日) 【長野県】松本市・稲倉城・平瀬城・埴原城
■ルート 戸塚自宅〜R16〜八王子IC〜中央道〜諏訪南IC〜P17他〜白樺湖
       〜ビーナスライン〜扉峠〜P67〜松本C〜P63・R20〜韮崎IC〜中央道
        〜相模湖T〜R412〜厚木C〜P22〜自宅
■コメント
  金曜夜は例によってシコタマ呑んだため、土曜は朝早く起きられなかった。二日酔いの腐った脳でも「これはマズイ、今日は出掛けられない」という判断はでき(ウソ、物理的に起きられなかった)、日が高くなって起き出す有様に。こんな秋晴れの素晴しい天気は久し振りなのに残念、と悔やんでもしょうがない。という訳で朝昼兼用の食事後、久し振りに鉄馬の世話をしてあげた。例の自作メンテ・スタンド2号機も試し、イロイロとカイガイしく世話をしていた時、どうも後ろ足がオカシイと気付いた。どうも空気圧が低いようだ。よく見ると、蹄に釘が刺さっているではないか。ラジアル仕立ての蹄鉄なので、直ぐには空気が抜けず、徐々に減っていったようだ。「オーッ、ラッキー」こんな状態で早朝に走っていたら、修理屋も無く、ましてや山の中だったら大変なことになっていた。怪我の功名である(ヲイヲイ、そういう問題では...)。で、鉄馬に乗らずに、押してバイク屋に行き、初めてのパンク修理をして貰った。夕方5時のご託宣は「明日の日曜も快晴、気温も高そう」ということで、今年最後のビーナスラインを堪能しよう、ついでに安曇野の山城でも攻めよう、と土曜は早く寝て(ウソ、そんなに単純なモノではない、23時頃)、日曜朝は4時半には起き出すのでした。少し眠いが、5時チョチ過ぎには出っ発。八王子ICまでは下道で、ここから何と諏訪南ICまで長駆の高速利用、見る間に財布が軽くなる。ここから県道17号線、R140等で白樺湖へ。ここからはアドレナリンが放出しっぱなしで、垂涎のビーナスラインへ。でも寒さのセイか、何時もより放出量少なし。だって、路肩には霜が降りているんだもの。そりゃあ、ヤッパー怖いわナァ。扉峠から松本へ下り、R254で前に来たことがある洞地区へ。ここのコンビニ店でオニギリの朝飯を食し、稲倉地区の場所を聞く。どうも、この先の三才トンネルの手前らしい。R254沿いに、大きな稲倉バス停があり、稲倉(しなぐら)城の案内板が立ってます。江戸弁の「い→し」なのでお間違いなく。四つ車ではこのバス停周辺に車を置いた方が良いと思いますが、鉄馬では厩のことを気にせず、ドンドン山側に進んで、かなり上まで。立派な登山道です、登るにツレさらに驚くコト請け合います。かなり高所まで立派な石垣により、道を整備し、土砂崩れを防止してあるのです。稲倉地区の皆さん、アンタ方はエライ。麓には城まで2Kmの案内板が立っていますが、20分ほどで稲倉城本郭に到着、木碑が立ってます。この南側に二の郭、三の郭となっていて、それぞれは堀切で防御されてます。土塁、竪堀も残っていて、なかなかにグーッです。一番端の三の郭からは三才への街道を扼せる下界の眺めも ○ で、しばしマッターリ。本郭の後ろ側にも大きな堀切やら空堀などが残存、所々に石積みの遺構もあって、石塁フェチのHYDを泣かせるのでした。
稲倉城址、本郭にて
稲倉城址、本郭と二の郭間の空堀(一部石積み)
稲倉城址、本郭横の空堀 稲倉城址、三の郭からの稲倉地区の眺め
  続いて、豊科町に入りR19を南下、前回来た時に落としそこなった平瀬城に向います。松本市に入った直後、山側に大きな標識が立っていることを憶えているので難なく城麓に。ここに案内板やら道祖神やら 庚申碑などが建ってます。ここに鉄馬を停め、上へ登る林道を登ります。先の台風で道が荒れていなければ少し上まで登れそうですが、無理せず歩くことに。200mほどで林道の終点になり、車を転回できる広さになってます。ココに四つ車を置けるかも。左側に平瀬城への標識もあるので、迷わず階段状の道を登りましたが、この道は × です。途中から道が無くなり、キツイ直登を余儀なくされてしまいました。良い子は、転回場所から木橋で沢を渡り、左側の沢を遡上する登山道を選んでネ。HYDはゼイゼイしながら直登って疲れ果ててしまいしたが、お陰で3段の大きな帯郭と小さな帯郭と、その防備の完璧さを実感(キツかった)できました。最後の帯郭から先述の立派な登山道を見つけ、結局20分弱もかけて本郭に。土塁が僅かに残ってますが、期待しないように。本郭からの松本方面の眺めはなかなかに ○ ですヨ。本郭横の空堀なども涙モノです。二の郭からの豊科を中心とした眺めも○です。北アルプスの山並みがモヤっていたのがスゴく残念。この平瀬城には支城もあるのだが、直登でエネルギー不足。涙を飲んで下山。先述の道を下って、今度は難なく麓に到着。最初からこの道を登っていたら、支城も落とせたのに、と情報収拾不足を悔やむのでした。
平瀬城址、麓の入口 平瀬城址、本郭跡にて
平瀬城址、空堀跡 平瀬城址、本郭からの安曇野
 さて、それでもR19を走っている内に、エネルギーが充填されてきたので、懲りずに途中から県道63号線で中山地区に入ります。ここは市街地と別世界の風景が広がる田畑の多い地区で、信号も無く・黄色い線もない、超楽しい。この道を駆けていると、道路脇に蓮華寺の入口を示す標識と共に、小さいが石造りの立派な埴原(はいばら)城への標識が立ってます。この道を辿り寺よりさらに上へ登ると、林道のような道になり、さらに行くと登山道になります。鉄馬を停め歩き始めますが、10分強で案内板が立っている帯郭に着到。さらに2、3分登ると井戸跡と帯郭が出現。この井戸からは今も水が湧き出てます、しかも飲めそう。してみると、この郭は水の手曲輪か。もう少し登ると、立派な石積みの石塁で防御された本郭に。もう石塁フェチのHYDとしては、デジカメでパチリ・パチリの連続でした。二の郭、三の郭もしっかり残っており、堀切やら竪堀・空堀など保存状態もナカナカと思います。残念ながら、雑木林にて眺めがイマイチです。それでも、しばしマッターリして下山するのでした。再び県道63号線に戻りますが、途中安曇野が一望できる場所で、城址からの眺めが×な部分を取り返します。
埴原城址、井戸跡 埴原城址、本郭の石積み
埴原城址、本郭横の堀切 埴原城址、本郭跡
埴原城址、本郭の虎口 松本市中山地区からの安曇野
 この後R20に入り、下道で塩尻峠を過ぎ、諏訪湖を経てドンドン行くも、甲斐の国で時間切れ。韮崎ICからは高速に乗り、相模湖ICで降りて休日で混雑しているR412を南下、厚木からも混雑している長後街道で、ようやく帰陣。何とか夕飯に間に合い、ホッと胸を撫で下ろすのでした。3つの山城と495Kmの長駆、ヨーッ、お疲れさん。
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