■   花倉城  ■
■期日 H16年2月21日(土) 【静岡県】藤枝市・花倉城・岩田山城・
                       八幡山砦・岩城山砦・烏帽子山砦
■ルート 戸塚自宅〜P22〜伊勢原C〜R246〜沼津C〜R1〜藤枝C〜R1
         〜沼津C〜R246〜伊勢原C〜自宅
■コメント
 ご託宣では晴で気温高目、っと来れば出掛けるしかないでしょう。で、今回は迷わず静岡・藤枝方面へ。過去にこの藤枝の田中城・朝日山城と有名な所は攻城済みであるが、ここにはまだまだ未攻略の城が多いのです。有名な花倉(はなぐら)城をメインに、幾つかの市街地の城・砦を攻めます。先ずは長後街道、ニーヨンロク、コクイチと順調に飛ばして、静岡を過ぎて藤枝市に現着。そのままR1を進み、葉梨川の直前の北側に青山八幡宮の社が見えます。ココが八幡山砦ですが、拍子抜けするくらいに簡単に見つかりました。市街地の城・砦は、周りが住宅地でその部分だけが丘陵で森閑としている雰囲気のところが多く分かり易い所と、住宅地化で森すら消滅してしまって分かりづらい所の二極化している気がします。藤枝での最初の攻城は前者であった、幸先が良いワイ。麓の鳥居をクグり、頂上の神社を目指して登ると青山八幡宮が現れます。ここが八幡山砦跡で、神宮の後ろ側に土塁と思われる遺構と、郭跡が認められますが、それ以上のモノは無し、案内板も石碑も無し、残念。 
八幡山砦入口、青山神社の麓の鳥居
八幡山砦、土塁跡
 さらにR1を進むと、八幡山砦が攻城を狙っていた田中城近くを過ぎ、上青島地区へ。上青島の信号を北へ曲がると、すぐに岩田神社の真正面に現着。この神社一帯が岩田城址であるが、市街地化で遺構は無し、神社の裏側が土塁のような気もするが、近代のものかも。ここにも案内板・石碑等は無し、残念。
岩田神社(岩田城址)
岩田城址、神社横の土塁跡?
 少しR1を静岡側に戻り、内瀬戸の交差点を北へ進み内瀬戸地区へ。信号を回るとすぐに目の前に飛び込んで来る三角形の山の頂が、烏帽子山砦跡です。内瀬戸谷川にかかる小さな橋のタモトに鉄馬を停め、橋のタモトからの急坂な登山道を登って5分ほどで頂上に。小さな社が祀ってありますが、ここは物見櫓か何かでしょうネ。少し下がった所に竪堀が残ってますが、それ以外には確認できず。ここにも案内板・石碑等は無し、どうなっているのかしらん、藤枝市。でも、社の後ろは岩肌で樹木が無く、藤枝市内が一望できる絶景ですヨ。
烏帽子山砦址、竪堀跡
烏帽子山砦址よりの眺望、中央は岩城山砦
 さらにR1を少し戻り、水上東の交差点を南下します。JR東海道線を越えて、すぐの道を西に進むと、青島中学が現れ、さらに進むと丘陵地に公園然とした森が見えるので、迷わずそこへ行くと、岩城山緑地公園。この中に岩城神社がありますが、この神社を中心とした一帯が岩城山砦跡です。市街地にもかかわらず、土塁や幾つかの郭跡が残ってます。でも、案内板・石碑等はやはり無し。
岩城山砦址、神社横の土塁址
岩城山砦址よりの烏帽子山砦遠景
  続いて、県道32号線を北上し、本郷地区へ。5万分の1の地図にも載っている花倉城を攻めるのです。地図からはこの本郷地区からが最も近いので、迷わずこの地区に来たのですが、幾つかの農(ミカン)道を登りましたが、途中で挫折。どうもこの地区から登るわけでは無さそうである。そりゃぁ、そうだよな、ここから登るのだとしたら本郷城と呼ぶはず、という初歩的なことに気付き、山を隔てた花倉地区へ向うことに。途中、西方地区に周りの案内板が立っていて、これをよく見ると、花倉城への案内も入っている。ラッキーと、この案内板の内容をメモし、葉梨川に沿って進み、桑原地区から上へ登る農道を見つけ登ります。至る所に花倉城址への標識が出現し、細いながらも農道が続くので、難なく頂上に近い所まで登れます。農道の終点に案内板が立ってます。ここに鉄馬を停め、登山道を進むと、10mも行かないのに、いきなり見事な土橋が出現。今にも錆槍を抱えた雑兵や一騎掛けの武者が何人も突き進んで来るような気がしました。更に進むと、少し遺構が崩れた土橋や土塁、竪堀、空堀が現れ本丸へ。雑木に覆われていて、展望はイマイチですが、それでもマッターリとして下山。
花倉城址、土橋跡
花倉城址、本丸跡にて
さぁてと、まだ日は高いが下道だけで帰りたい(ゲルピンなのです、古い人間の表現)ので、帰るとしよう。芸がないコトに、来た道を忠実に戻ることにし、渋滞の松田・伊勢原市内を過ぎ、さらに難関の横浜の渋滞を経て帰着。今日もオール下道、350Kmなり、ご苦労さん。
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