■   常陸太田城  ■
■期日    H15年3月23日(日)
        【茨城県】常陸太田市・太田城址・馬坂城址、瓜連町・瓜連城址、
              常北町・那珂西城址
■ルート  自宅〜山手通・R1〜日本橋〜R6〜日立市〜R293〜常陸太田市
        〜P61〜常北町〜R123〜水戸市〜R6〜日本橋〜R1〜五反田
        〜山手通〜自宅
                            総距離:330Km
■コメント
 3連休の最後にも出かけます。奥さん、よく怒らないよネ(って、怒られても知らん顔しているんだモノ、ったくー)。で、天気予報では暖かいご託宣なんで、北方向に。でも山まで行くと凍結しているんで、第二のアイスダンスを避けるためにも、常陸の国を攻めることに。そうだぁ、水戸黄門がもうじき最終回だから、因縁の所へ行こう。唐突に、黄門様の隠居所・西山荘と決定。っていうのはウソ、本当は関東7名城の一つでまだ攻略していない最後の佐竹城(太田城とも舞鶴城とも)が目的地です。
 常陸太田市の中心部の太田小学校が本丸跡です。で、やはりというか、当然というか、遺構は無し、石碑のみ。学校の裏側の崖状の見様は土塁の雰囲気もありますが、なんとも言えません。 
常陸太田城(舞鶴城、佐竹城)の石碑前にて
 一応、関東七名城の最後を攻略したことにして、近くの西山荘へ。水戸のご老公のネーミングが世評に高いとは言え、500円のバカ高い入場料を払って、中を散策するも、あっという間に終了。ヤッパリ、高い入場料でした。
           ボルなよナー > 常陸太田市
水戸黄門の隠居所・西山荘
 続いて、同市の佐竹寺を訪れ、すぐ近くの馬坂城を攻めます。ここは現在畑になってますが、空堀・土塁などの遺構がハッキリ分かり、鬱憤が晴れます。結構大きな城であったことが分かります。かなり狭くてクネクネした道路を進んだ所に在りますので、途中で地元に人に訊ねた方が良いと思います。畑の中をアチコチとウロウロし十分堪能して次へ。
畑の中の立派な馬坂城址の石碑と案内板
馬坂城址の土塁
 さて瓜連町へと鉄馬を走らせ、町の中心部に行く途中で、かなり大きな寺院を通過中、ナニゲに見ると『××城址』なる文字を発見。【恐るべし、中年ライダーの動体視力】 すぐに戻って常福寺の門前に着くと、立派な案内板が。読むと、どうも瓜連城址に寺を建立とあります。「ひょっとして、遺構は無し?」の不安がよぎりますが、構わず境内に入ると、「おーっ、」と声が出ました。寺の回りは土塁です。一部は2重の堀まで残っている部分もあります。結構よく残っていて驚きです。さすがに郭の中心部は寺院ですから、見る影もありませんが、この土塁・堀で十分感動です。丁度お彼岸ということもあり、参拝者も多くて、デジカメを取りづらいのが難点でした。
瓜連城址、墓地のそばの大きな土塁
瓜連城址の案内板の前にて
 次いで、常北町へ走り、今度は那珂西(なかさい)城の攻城です。R123線で水戸方向に進行、那珂西地区に入り、間もなく水戸市となる所に、宝憧院という寺院があり、そこの入り口に「城址入り口」の小さな石碑が...。又しても、恐るべき動体視力(くどいって!)。でも、これを見過ごすのと、見過ごさないのでは、探す時間が雲泥の差に現れます。今回も助かったぁ。で下馬して、境内に入ります。ここも境内そのものが城址で、瓜連城程は規模は大きくなくて、遺構もキレイに残ってませんが、雰囲気が色濃く残っており、土塁・堀が確認出来ます。
那珂西城址入口にて
 十分堪能して、水戸市に出て、往きの逆にR6を南下して江戸を目指し、日本橋からはR1で五反田へ、次いで山手通りで自宅に到着。
                     よぉっ、お疲れさん、ALL下道で330Km也。
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